長いので回線切って読みましょう。
其の弐。「最強の人。」
最近あちこちの不動産屋から「家を買いませんか?」と電話がよくある。掛かって来るのは昼過ぎが多い。ちょうどKAZがFC版DQ3のレベル上げに熱中している時分だ。
Trrr……
「もう誰やねん、でも会社からだったらマズイから出よっと」
ぶつくさ言いながら、まさしく重い腰を上げて電話に出ると9割の確率で若い男の声だ。
「○○様のお宅ですかこちらは××不動産の□△と申します今お住まいのお近くで分譲マンションの内覧会やってるんですが近々マンションなどのご購入予定はございますか??」
と、たいてい息継ぎも句読点も無く一気に喋る。こちらが口を挟む暇も無い。セールスマンとは大したもんだといつも思う。
ココまで聞いた後にやっと
「すみませんウチはまだ家を買う予定無いんですよ」
と言えるが、このセリフを聞いたってセールスマンには[待ってました!!の宣戦布告]にしか聞こえないらしい。
「そんな奥様、今は低金利で価格も底値で税金も優遇されて……(以下延々と続く)………」
今買わねば損するぞとたいていは脅してくる。
しかし私も伊達に口の商売をやってない。ちょっとイライラした口調で 「ええ、でも先立つ物が無いと家なんか買えないでしょう?ウチに電話してもNTTが儲かるだけだから、ウチみたいな貧乏に電話せんとよそに電話しはった方がいいですよ」
もう〜買わへんねんから早よ切ってやと反撃に打って出る。
いつもはここら辺で諦める人が多い。
しかし今日のセールスマンは一味も二味も違った。ああ言えどもこう言えども一向に引く気配は無く、とにかく押しが強い。まだ20代半ば位か、年がいってても30歳そこそこだろう。
(なかなか手ごわいな、若いのにやるやんか)
ちょっと感心するくらいである。しかも人が良さげで喋りが抜群に上手い。怒鳴りつけて切る事も可能だが、なんかそこまで出来ない雰囲気なのだ。
「いいえ奥さん、これは○×地域の方にぜひ買ってもらいたい物件なんですよ。今だったら頭金無しで買えますしぜひ一度お越し下さいよ、今からそちらに迎えに行きます、案内させて貰いますから。2年位前にウチのモデルルームにお越しになった事がありますよね、今回こそどうですか」
「え、そんな事まで知ってはるんですか」
「書類を見直したんですよ、電話掛けるならこれくらい調べて当然です」
むむ、手ごわい!!
今までのセールスマンの中では最強クラスだ。
2年前、確かにマンションのモデルルームに見学に行った事はある。あの時もマンションなど買う気は無かったが、つい「アンケートにお答え下さった方にもれなく米3kgプレゼント」と言うのにひかれてひやかしに行ったのだ。「ちょっと旦那の収入とか貯金額とか多めにしとこ♪」と実際の3割増しくらいでアンケートを書いたものだ。
しかし奴は私とは会ったことが無いと言う。
確かにその時のは買いそうな家族連れにかかりっきりで、私などお呼びでないどころか、「お前みたいな貧乏人、米くれてやるからさっさと帰りやがれ」ぐらいのぞんざいな扱いしか受けなかったような気がする。
奴はそんな会った事も無い相手に迎えに来るなんて言い出した。不動産屋が迎えに来るパターンは、たいてい客が迎えに来いといって成立するものである。こんなパターンは初めてだ。まるでドラクエで今まで戦った事の無いモンスターに遭遇した気分だ。ちょっとうろたえてしまう。
「は?そんなん困りますよ。今忙しいですし、家など買う余裕は有りません」
「いえ奥様、奥様のご主人は○○(職業名・住んでいる団地でバレバレなのだ)でしょ?不況に強いですからちょっとの借金くらい大丈夫ですよ、あれだけ貯金があればすぐ返せます」
「………(無言・心の声→ホンマ色々調べとるな……あのアンケートも見栄で書いた金額やのに……それにすぐ返せるって言ったってローン完済まで25〜35年くらいかかるやろ、それくらい知ってるっちゅうねん)………」
「では今から30分くらいで行きますので」
「そんなー。でも仮に見に行っても今は買えませんよ」
「いや見るだけでも!!」
ホンマに手ごわい。どうしてもウチに来たいらしいのだ。このままでは本当に来そうだ。それは困る。玄関には昨日寝坊で出せなかった生ごみ大袋2つが鎮座している。
何より私は大の出不精、行く気が全く無いのだ。
多分彼は玄関まで来たら間違いなく私をモデルルームまで拉致するつもりだ。
いや、待てよ。
コイツは本物の不動産屋なのか?
もしかして誘拐してあーんな事やこーんな事をされて、用済みになったらシャブ中にされて暴力団に売り飛ばされて、廃人になって一生を終えるかも知れん。いやそれならまだいい、いきなり殺されてバラバラにされて大阪湾に沈められちゃうかも知れん。
ものの0.1秒程の間に、限りなく予知夢が広がった。
この瞬間、私はノストラダムスをも越えていたに違いない。
仕方が無いので、ついに最終兵器を出す事を決意する。
この技だけは諸刃の剣。使いたくなかったが、致し方あるまい。
「………本当にウチ余裕無いんです……主人の父は年寄りで今は別居中ですが、扶養家族として月5万仕送りしています。
私の父は事業に失敗して私達夫婦が貯金から借金を払いましたし、私の妹は高校生ですが父が学費払えない為私が足りない分を出しているんです。
本当なら主人だけの稼ぎでも食べていけるはずなんですが、そんなこんなで貯金は空っぽ、私も働いてやっと生活が出来るんです。
それで私、無理がたたって体調崩しちゃって、先月退院したばかり、今は自宅療養中なんですよ。
――二年前はまだ良かったんですけどね。そりゃあ、いつかはマイホームが欲しいですが、今は家なんて……本当に夢でしか見れないんです……(しんみり)」
半分以上作り話お涙頂戴百烈拳!!
ほあぁたたたたたあぁ!!
――――き、決まった!!
まさしく敵の経絡秘孔に七つの星をぶち込んだかのごとく完璧な手応えを感じた。
これには北斗神拳を会得したケンシロウとて二度と立ち上がれないだろう。
さすがの彼も二の句が告げなかったようだ。
「そうですか…無茶を言いまして申し訳ありません。お体大事になさって下さい、今日は失礼致します」
本当に、申し訳なさそうに、彼は電話を切った。
チン。
ツーツー…………。
よっしゃ〜ッ!!
文句無しで私の圧勝だ。
しかしこの私をここまで苦しめるとは。
見事な戦いだった。
××不動産の□△君。
君には敬意を表して、最強セールスマンの称号を与えようぞ。
一回くらいなら、会いたかったかも。
2002/01/21のMoっPara雑記より